テラスハウスは学びの番組だ!SNS炎上に思うこと

テレビでもNetflixでも大人気のリアリティ番組『テラスハウス』。俗に言うテラハってやつですね。

アラフォーおばさんのわたくしですが、実はこのテラスハウスが大っっ好き!!!

シリーズ第一弾の湘南編、映画、東京、ハワイ、軽井沢と全シリーズを端から端まで拝聴しております!!!

以前『女性にオススメのNetflixオリジナル海外ドラマ5選・洋物編』でも書きましたが、テラスハウス見たさにNetflix契約もしています♪

そんな大好きなテラスハウスについて、ひとつだけ不満に思っていることがあるんです。

それは『テラスハウス出演者のSNSで目につく度を超えた誹謗中傷が気になる件』

別におばさんがブログでどうこう書くほどのことでもないのかもしれないけれど、結構目に余るな~と思って心がしんどくなってきたので、今日はここで吐露させていただこうと思います。

くださないおばさんのつぶやきに、お時間ある方はお付き合い頂けたら幸いでございます。

誹謗中傷している時間があったら自分を見直そう

 

テラスハウス=SNSの炎上と言っても過言ではない!!!そのくらいエピソードが公開される度、出演者のSNSに批判のメッセージが書き込まれています。

結構目に余るものがある…と思うのが正直。

番組内での言動を批判する声は勿論、その人の容姿、性格、終いには視聴者が見たこともない出演者の家族についてまで暴言を吐かれたりしています。

最近特に事あるごとに叩かれているのがこの子。田中優衣ちゃん。就職活動を頑張る大学生です。


画像引用元:テラスハウス公式サイトhttp://www.terrace-house.jp/openingnewdoors/index.html

 

わたしからするとこの子は『ごくごく普通の女の子』

けれど、世間はそういう目では見てくれないんですね。

この子がちょっと失敗するたびにそれはそれはクソミソに非難され、なんとまぁ…可哀想な事に優衣ちゃんはSNSの批判を間に受けて自分の進路まで変更してしまったんですよ。

確かに、優衣ちゃんには未熟な点もあったと思う。

けれど、そんなのは人間なんだから当たり前のことなんじゃないのか??

あくまで素人(一応)の出演者の人格をボロクソに否定して、その人の人生に影響を与えてしまうような発言をしている人だって欠点ってあるんじゃないのか?

正体が見えないSNSみたいな世界に守られていることを良いことにして言いたい放題言っている人間と、テレビの中で失敗している彼女と、何が違うのよ?と。

わたしからすると、優衣ちゃんがテレビの中で繰り広げている未熟な言動は、若い子なら良くある事だと思うんです。

わたしもあんなだったし。わたしの友達だってあんなだったし。多分、人なんてそんなもんなんだ…。ごめん、無責任に傷つけた人たち。本当にごめん。あの頃のわたしは未熟だった。(今も未熟すぎるけど)

仮によ?仮によ?優衣ちゃんの人格が世間で言われているような悪意に満ちたひどいものだったとしても(わたしは断じて思わないけれど)、それで被害被っているのは一緒に暮らしているメンバー達であって視聴者じゃないんじゃないのかなと?

テレビで見ただけの若い女の子の全てをあたかも知っているような物言いで節度を超えた非難する人が、同じようにテレビに映されたらどうでしょう?きっと優衣さん以上のバッシングをうけるんじゃないのかな?

バッシングしている時間があったら、テレビに映った出演者の失敗から何かを学び、自分に反映したらいいんじゃなかろうか?

人の失敗から学び自己をより良くした方が、世界は絶対いいものになると思うけど。

テラスハウスはそういう意味で学びの場なんじゃなのかしら?

等身大だからこそ人間の短所と長所がみえる

 
 
先に登場した優衣ちゃんに限らずテラスハウスに出てきた人は誰もが、僅かほどの失敗や誤解を生む発言で、それはそれは世間一般の人から非難されてきました。
 
品行方正で賞賛されてきた若者も、わずか一つの失言や失敗で手のひら返されたようにバッシングの的になります。
 
『出てけ』『卒業しろ』『消えろ』なんて言葉が怒涛の如くSNSに書き込まれる。
 
それについても疑問があるんだけれど、視聴者は何を求めているのかな?
 
完璧な人間たちがお上品に正しい言動だけをして暮らしている姿をみたいのでしょうか?
 
そしたら、見るものはは満足なのかしら?
 
いや、もしそんな番組だったらつまんなくない?
 
チュンチュンチュンチュン
『あ、小鳥さんだ~』
『本当だね』
『元気そうでいいね』
『そうだね』
『小鳥さんを見つけてくれてありがとう』
『とんでもない、喜んでくれて嬉しいよ』
 
そんな健全で平和な番組、見ていて楽しいのか~?(流石に小鳥さん談義は極端な例ですが…)
 
思うにテラスハウスは人間の長所も短所も両方見れるところに面白さがあるんだと思う。
 
失敗して、学んで、涙して、友情や愛を育む…。そういう人生の縮図みたいなのがぎゅーっと詰まっているから面白いんだよ。
 
ふと我を思い返した時に、自分にも似たような経験や葛藤があるから共感できるんだ。
 
誰もが持っている長所と短所を、素人のメンバーたちが画面を通してさらけ出すことで、見ているものに安心感や感動、勇気を与えているんじゃないのかな?
 
それが、ロングラン&世界中で支持されている理由だとわたしは思っています。
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視聴者が感化されがちなスタジオメンバーの意見は『芸能人』の価値観

 
頭がカチカチになってきたおばさんがどーしても気になることがまだあるんですよ。
 
『スタジオメンバー』達の発言が世間に与える影響力について。
 
これはすごく物申したい!!!
 
テラスハウスを見ている人ならご存知かと思いますが、テラスハウスには二種類の出演者がいますね。
 
テラスハウスと呼ばれる家で生活をしていく若者達と、彼らの様子をVTRで見て解説やコメントを入れていく芸能人の人々(スタジオメンバー)
 
わたしの大好きなキャンディーズの山ちゃんやYOUさん。トリンドル玲奈ちゃん。馬場園梓さん?などキレっキレなコメントをする人達が揃っています。
 
芸人さんや芸能界の大御所?さんも集まっていて、彼らのコメントが番組の良いスパイスになっています。
 
でも、これはテレビ的に面白いだけであって、あくまで芸能界で働く人の価値観でのコメントなんですね。
 
時に、一般人からするとだいぶ軽いと感じる発言もあるし、テラスハウスメンバー(若者)をネタにした空想の下ネタとかもガンガン言ってたりします。
 
勿論的を得た発言も沢山あるんだけど、世間の価値観と若干ずれているところもある。
 
わたしからすると『あー、やっぱ芸能人は一般の人の感覚とは違うな~』と思うことがしばしば。
 
な、ん、だ、け、ど…
 
彼らの発言の影響力はとても強い!
 
スタジオメンバーだって見ているのはわずかばかりのVTRでしかありません。
 
全てを知るわけでもなんでもないのに、思ったことをおもしろおかしく話すんですよ。
 
瞬く間に芸能人スタジオメンバーの発言が世論となり、たった一人の素人(そうでない人もいるけど)出演者への世間の攻撃がはじまるんですね。
 
ほんで大騒ぎになって素人の若人が傷ついても、翌週の放送で実は全然違った事実発覚して、結果スタジオメンバーの勝手な誤解だったということが分かったりもするんです。
 
なのに、スタジオの芸能人は『それがテラスハウスにでるということだから』でおしまい。
 
結果傷ついたのは勝手に誤解されて誹謗中傷を受けた若い素人さんで、事実を知りもしないで発言し誤解を招いた大人たちではないんですよ
 
『テレビの世界だから』『テレビとはそういうものだから』でまかり通るのかもしれないけれど、大人としてテレビに出て発言をしているのだから、大人としての背中も見せてほしいぞ。
 
素人の若者に正義と自己の向上を求めるのなら、なおさらではないのかなぁ。

思いやりもつべきはメンバーも視聴者も同じ・自分も人も完璧じゃないという寛容さを

 
 
ここからは既出の内容の繰り返しにもなってしまうのですが、テラハ視聴者がマナーとして身に付けるべきものとして『人間は誰もが完璧ではないことを受け入れる優しさをもつこと』がすごく大切なんではないのか?と思います。
 
これはテラスハウスに限らず、現実世界でも同じですよね…。
 
そして、見知らぬ誰かが失敗をしたとしても、顔の見えないSNSで必要以上の誹謗中傷を浴びせかけるのが正義なのか?を一度立ち止まって考える必要があります。
 
もし、これが自分だったら?
 
もし、これが自分の愛する恋人だったら?
 
もし、これが自分の子供だったら?
 
世間から誹謗中傷されている人はどんな気持ちになるかを考えてみる。
 
至極シンプルなことです。
 
自分のしていることは非難する相手と何がどう違うのか?』
意見と中傷は違う
よく知らない人をわずかな情報で誹謗中傷するような人間に成り下がっていいのか?
 
わたしも含め誰もが、ひと呼吸置いて自分を見つめ直してから節度ある発言する必要があるかとおもいます。うん。やっぱり、どんな正当な意見でも伝え方って大事だよね。
 
多分、わたしが書いているこの記事も、きっと同じ事が言えるのかもしれないな。反省します。
 
人の失敗を非難するのが当たり前の社会より、人の失敗を静かに見守ってやる社会をこれからの若者や子供達に残してやりたい。
 
わたしはテラハやテラハ出演者のSNS炎上からこのことを学びました。
 
人のふり見て我がふり直せとはよく言った言葉ですね。

まとめ

 
なんか、道徳の教科書に出てきそうな内容の記事になってしまいました。
 
こんなくだらない内容に最後までお付き合いいただいて感謝しています。
 
頭カチカチのおばちゃんがな~にを言ってるんだか?って感じですね。
 
少し話は逸れますが、アメリカ人の友達がこんなことを言っていたのを思い出しました。
 
『日本人はタフラブ(厳しい愛)が多すぎる。』『厳しさも愛情の裏返しという価値観は悪くないけれど、厳しさだけに偏りすぎ!!!!』
 
まさに、その通りだな~と思います。
 
ネットでも現実世界でも、厳しい意見することでその人に成長して欲しいという人が少なくありません。日本ならではの性質ですね。
 
でも、それと誹謗中傷は違う。
 
インターネットの世界が大きくなればなるほど、私たち日本人はどこかこの『厳しい愛』と『誹謗中傷』の線引きがすごく曖昧になっている気がします。
 
この高度ネット社会の中で、日本人特有の『厳しい愛』を他人だけでなく自分にも向けていかなければ、きっと今後こういった時代の波は助長されていくでしょう。
 
そうなればそうなるほど、人間の発言の重みもなくなってしまいます。
 
たかがテレビ、されどテレビ。
 
『わずかほんの少しの容認と思いやりを持つ』
 

観る者も観られる者も、だれもがこのことを忘れないでいきたいものです。

1 COMMENT

JADE

大変申し訳ありません!ryu-o様!コメントいただいていたのに、自分の返信を重複して投稿してしまい、不要なコメントを編集しようとして間違えて、全てのコメントを消してしまいました。

本当に本当に申し訳ありません。初めていただいたコメントで、ブロガーの操作がまだ不慣れなものでして、、悪意のある削除ではないので、それだけは誓わせてください。

なお、いただいたコメントに対する返信は⬇︎になります
はじめまして!とても的を得たご指摘ありがとうございます。大変大変参考になりました。たしかにおっしゃる通り、観る人も観られる人も同じ土俵に立つべきなので、ryu-Oさんのおっしゃる通りです。わたしの書き方もまだまだ未熟なのでなかなかうまくお伝えしきれなかったのですが、単純にたった1人の人間(とても若い子達)に対して『度がすぎる誹謗中傷を束になってしている方々』に対して、思いやりを持ってもいいんじゃないのかな?って話なだけなんです。しかし、とても筋が通ったお言葉、たしかにと納得させられました。
未熟な自分をそのまま外に出すというのは、テラスハウスも、テラスハウスを取り巻くSNSも、そして、このブログを書いたわたしも同じですね。そう考えると『社会的・人道的』な範囲内の批判や意見というのはむしろ必要な社会構成要素になるというのは間違いないですね。
私はこれまで、視聴者、第三者と言う立場で番組を見、SNSを見、物事を判断してきました。
しかしいただいたコメントを拝見して、自分の行動に対して人から意見をもらうと言う立場に立って物事を考えることができました。大変勉強になりました。ありがとうございます。
貴重なお時間を割いていただいて、記事を最後まできちんと読んでいただいて、そしてコメントをいただいたこと、本当に本当にありがとうございました。

貴重なコメントを頂いたというのに、とんでもないミスをしてしまい本当に本当に本当に申し訳ありませんでした!

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