なぜ勉強するの?昔『ビリギャル』状態だったわたしから若者にエールを送るよ

いまは30代も後半のおばちゃんですが、その昔は人気ノンフィクション『ビリギャル』を地で行くような高校生活を送っていたJADEです。こんにちは。

ちなみにビリギャルをご存知ない方の為に、ビリギャルの本当のタイトルを見ていただこう。

『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』

そのまんまの大変わかりやすいタイトルですね。『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』

ビリギャルみたいだったっていうのは、映画主演の有村架純ちゃんみたいに可愛かったとか、金髪へそ出しのギャルだったとか、慶應大学に進学したというわけではないんだ。ごめん。

ほっとんど学年ほぼビリで赤点しか取らず、先生に見放されていた女子高生だったのに、ある時勉強に目覚めて?偏差値を30近く上げて、そこそこレベルの高い国立大学に進学したって話なだけ。
 

ビリギャルほどは華々しくないけど、それなりに頑張ったんじゃよ。

そんなかつて『エセビリギャル』だったおばさんの遍歴を語っていってもいいかい?

何のために勉強するかがわからないから勉強できない高1時代

これを読んでる少年少女よ。『勉強って何のためにするか?』正解答えられる人いますか?

現代の子は大人だって言うから答えられる人も沢山いるかもしれないけれど、でもよくわかんない人もいっぱいいるんじゃないでしょうかね?

わたしもそうでした。勉強って何故するのかわからない女子高生だった。

その答えは今もわかるようなわからないような。でも一つだけ言えることは、中高生位の年頃で勉強の意義なんて分かる人は多分殆ど居ないってこと。

有名な名門中学・高校に行っているような秀才でも、なぜ勉強をする必要があるかが分かりながらやっている人は少ないんじゃないかな?

おばさんの経験上、勉強っていうのは終えてみて始めて気づくですよ、その価値に。

わたしは勉強の意味が全くわからなくて、高校一年生の時は赤点ばっかり。サインコサインタンジェントとかスイヘーリーベー僕の船とか、一体人生の何に役立つのさ?と常に思っていましたよ。

ちなみにね、いまはただのおばさんだけれども、これでも地元ではトップの進学校に通っていたのですよ。そこの制服着ていると『あら、あなた優秀なのね~』なんて言われちゃうようなところ。

だから、完全に醜いアヒルの子状態だった、心は。制服が重かった。でも、制服が唯一のプライドだった。変だよね。

自分は間違ったところに来てしまったなと後悔するけれど、かと言ってほかに何かやりたいことがあるわけでもなくて。

『みんな頭が良くていいな~』なんて友達のことを羨みながら、自分のことを『わたしはバカだから』と思っていました

勉強がわからないからどんどんやらなくなる、更にどんどんわからなくなる…一年生はそんな完全に赤点時代でした。

この前、久しぶりに高校の成績表が出てきたんだけれど、一年の三学期は356人中323位だった!!!

すげーや、私より低い子居るんだ!?!?ってそっちのほうがびっくりだもの。

偏差値は39

高校入試の時は偏差値64あったのに。あれは幻ですか?って感じですよ。

こんな成績を見たら、まあ大学進学は無理だな~と思うよね。はい、思いますよ。

だから、もう大学進学は諦めて漫画家になろうと思ってました。別に漫画が好きってわけじゃないんだけど(爆)通勤するのやだったから自宅でできる仕事と思って漫画家。美術の成績だけが唯一5だったから。

ちなみにそんな進学校では、先生は落ちこぼれを相手してくれないの。成績上げようと補習してくれたりとかってこともない。優秀な子達をいかに有名大学に送り出すかで必死。だから、わたしは先生達の目玉の中には映ってなかった。

学校の中では幽霊みたいな存在

そういう状況が更にやる気をそいでって、ますます落ちこぼれていったぜyuzuntuntun-22彡

秀才のあかりのノートに衝撃を受けた2年の春

そんな透明な女子校生JADEは高校2年生に進級します。進級できて良かったって喜んでたな~、確か。本当にそんなレベル。低さが伺えるね…。

読んでくださっている皆さんは、この記事のタイトルが『ビリギャルみたいな』って言ってるんだから、多分成績が上がったんだろうな?と想像はついているかと思います。

そう、結末はそうなのですよ。

んじゃ、ほぼビリギャルのわたしに何が起こったかって話を、よければちょっと聞いておくれよ。

きっかけはあかりだった!

あかりというのはクラスでも優秀な女子で、特に数学が秀才。進学校の数学テストで毎回95点以上をとっているツワモノだったんですよね。

彼女は高校卒業後名門”津田塾大学”に進学して数学を専攻。現在は一流商社に勤めて、自分の王子様♥がやってくるのを今か今かと待っています。

なぜかそんな彼女は、落ちこぼれの私と仲が良かったんです。なんでなのかな?本当に謎すぎる。

皆、あかりのノートを見たことがあるか?

ないよね?(当たり前)

数学学年トップレベルの彼女の数学のノートってねすっごいの!

ほぼ全部バツ!

ノートに教科書の問題を解くでしょ?あれが全部バツ!

ほんで解きなおしてるんだけど、それもバツ!

5回も6回もバツ!!バツバツバツバツバツ!バツしかない!!!

風邪をひいて休んだ時に彼女にノートを借りたんだけれど、めくるめくバツのオンパレードに衝撃を受けました。わたしと同じなんだもん、ノート。

あかりのことをずっと秀才だと思っていたんです、わたし。

でもね、あかりは頭がいいわけじゃなくて、努力してただけ。

わたしは努力してないだけなんです。自分の甘さにガツンと気づかされました

あの頃の彼女はわたしにいつもこう言ってました。『JADEちゃんは良いな。漫画家って夢があって。わたし何にもない。やりたいこと見つからないし。』

私の漫画家という夢への不純な動機については先述しましたけれど、そんな不純な夢ですらもっているわたしを憧れの目で見ていたんですね、あかりちゃんは。

その時わたしははっきりと気づきました。

『目標や理由なんか分からずに勉強を頑張っている子は沢山いるんだな。』ってこと。

もう一つ『頭が良いって言われる人間は、イコール努力してないというわけではない。』ということも。

まあ、こんなことは親から何回も言われていたんですよ。

でもね、親から言われたことはなぜか浸透しない。そういう年頃だったんだろうけど。

大人にはわからない!って思ってました。

何なら『親の時代は楽だった。今は大変なんです!』なんて根拠のないことまで考えていたし。

同じ土俵に立っている友達の努力を見なければ、わたしは気付くことができなかったんですね。

大学行ったら四年間チャラチャラ遊べるという人参

突然だけど、中高生諸君。大学に行ったら何がしたいですか?

え?勉強がしたい!?はいダメー!(ごめん)

大学は遊ぶ場所だ!!!!
 
男女交際は活発だぞ!お手手繋いでラブラブランデブーだぞ!
 

酒も飲めるぞ。バイトもできる。

サークルで青春するのもいい。

研究や学問が青春というならそれでも…まあ…良し。

髪の毛だって金髪だろうがピンク色だろうが誰も咎めるやつは居ない!(どっちの色も経験アリ)

わたし個人の意見だけれど、大学時代は出来る限り経験しておいたほうがいいいと思う。

大学生っていうのは学生なんだけれど大人で、大人だけれど社会人じゃない。当たり前のこと言っているだけのように聞こえるよね。

この時期の楽しさは、多分後にも先にも味わえない生涯かけがえのない素晴らしい時間になるんです。

20代前半くらいまでは大変多感な時期で、それ以降になると忘れてしまうような敏感な感受性を持てる大事な大事な時期なの。

わたしはこういう時期に居る若者に『自由』を手に入れて欲しいと思っています。

親や先生、生活、社会的責任から解放されて、ただ毎日を楽しんで生きる時間を持って欲しいと切に願う。

社会人やお母さん・お父さんになる日は遅かれ早かれやってくるんですよ。

でも一歩そこに足を踏み入れてしまったら、責任という大きな大きな重荷がどーんどのしかかってきて、よっぽどのことがない限り逃れられないんだよね。

嫌になっちゃったからお母さん辞めようとか、また小学生みたいに親のスネかじって好きにだけ生きようとか出来ない。

いや、正確に言うと、できないことはないけれど、やったとて必ず常に罪悪感が付きまとってくる。

大学生だけなのですよ。本当に純粋に楽しめて社会的責任も無い時期というのは。

全ての親御さんがどうかはわからないけど、多分大学生の子供を抱える親御さんの多くが、子供がそういう時間を楽しめるようにと学費を払っているんだと思います。

わたしも子供の為にどえらい貧乏しながら学費を貯金していますが、それは我が子にもわたしが大学時代に得たような『一生に一度の輝ける時代』を楽しんで欲しいから。

だから、どうにもこうにも自分の目標とか勉強の意義がわからない人は、そういう自分の”黄金時代”を手に入れるために頑張ってみるというのはどうだろうか?

わずか数年の頑張りで人生の楽しい執行猶予が四年も手に入るんだぞ。

人生の目標なんて無くったっていいんだよ!将来進むべき方向なんて今すぐに見つけられなくてもいいんだよ!大学四年間の間に考えればいいよ。(てか、ぶっちゃけ大人になって初めてわかる人のが多い)

勉強を辞める正当な理由がないのなら、四年間遊ぶ為に頑張ってみないか?

何でこんなことを突然言いだしたのか?というと、わたしが勉強した理由はこれだったからです。

大学行って人生を謳歌したい!ただこれだけの人参を目の前にぶら下げて、勉強を頑張ったダメ人間なんです。

1日10時間勉強した高3夏休み

リーマンショックならぬ”あかりショック”後のわたしは、華やかな大学生活という人参を目の前にぶら下げながら地道に努力を始めます。

毎日コツコツと勉強を重ねて、二年生夏のテストで確か学年150位くらいまで成績を上げました。

日本史と英語が嫌いではないということに気づいて、その2教科はぐんぐん成績があがりましたね。

特に理科社会は成績UPが割と簡単な教科。なぜならば、前年に学んだことが翌年に引き継がれないから。

数学や英語なんかは一年生から三年生まで一貫してやるし、前のことが分かっていないと次のことがわからなくなるじゃないですか?

でも、理科社会は毎年一教科で翌年にはリセットされるから、最初の頃サボっていたツケが後から巡ってくるってことが少ないよね。

二年の中旬頃から本気で勉強を始めて、日本史は前述の理由で急激に偏差値が伸びました。平均偏差値68~70くらいだったかな?多分。

その頃の自主勉ノートが出てきたので、誰も見たくないかもしれないけれど載せてみますね♥

今読んでもさっぱりなんのこっちゃわからん!!!!

が、当時のわたしの頭には殆ど入っていたんだからすごいな…。何者だったんだ?

若さってすごい!!!

少年少女よ。使いたくたって衰えで使えなくなる日が必ず来るんだから、脳みそは今のうちに使っといたほうがいいぞ!!!

猛烈な頑張りで三年生の一学期くらいまでに日本史と英語は偏差値65~72位まで上げることができたんだけれども、高校二年生の頭までビリに近かったわたしが受験までに五教科を取り戻すのはまず厳しかったのが正直なところでした。

ということで、高校三年の春頃に苦手な数学と理科を捨てて、英・国・日本史の三教科に的を絞る決意をします。(ビリギャルのさやかちゃんと同じ)

それなりの私立大学or三教科受験ができる技能系の国立大学を目指すという方向性を固めました。

ほんで、迎えた高校三年の夏休み。まじで一日10時間以上勉強した。休みなく。

学校の先生が『今年の夏は10時間ぐらい勉強しないと合格しないわよ~』なんてみんなに適当に言ってたんだけど、それを間に受けた純粋すぎるオレ。

とは言っても最初はそんなに集中力が持たなくて大変でした。

田舎なので塾とかなくてね。自宅学習だから気が散る気が散る。

一日目は一日2時間、次の日は3時間と毎日一時間ずつ増やして、最大10時間になったらそれを継続するってスタイルで学習しました。

これだとハードルが低いからわりとすんなり10時間勉強出来るよw

『夏を制する者は受験を制する』という言葉はよく言ったもので、夏が終わるとわたしの成績はグーンと上がっていました。

三教科合計偏差値68前後を行ったり来たり。学年で20位以内に入るように。

ビリに近いギャル?だってなんとかなるよ、本当に。経験者は語る。

勉強は才能じゃないと思う。ほぼほぼ努力。才能もゼロじゃないけれど、才能があったところで努力しなければできるようには絶対になりません。

人の努力を『あの子は頭がいいから』と言っていた時代はわたしにもあったけれど、その頃の努力なんて殆どしていないに等しかった。

その頃の努力が『一円み~っけ』って拾うくらいのエネルギーなら、受験目前の夏の努力は『風に舞う一万円を全力ダッシュで追いかける』くらいのエネルギーだったもの。

自分のためにどこまで本気になれるか?の違いだと思う。真剣に言うけど。

ちなみに余談ですが、わたしに雷を打ち付けたあかりさんはトップ10以内に入っておられました。すごい…。しかも五教科合計だからさ、私とはレベルが全然違います。

センター直前に異変!勉強が手につかない

そんなこんなで色々あってめちゃくちゃ頑張った(と思う)18歳のJADEは、センター試験”を二週間後に控えた時期に突然プレッシャーで全く勉強ができなくなるという事態に陥りました。

あれはなんだったんだろう?完全に機能停止して全く勉強が手につかなくなりました。学校にも行けなくなった。

毎日時代劇の『暴れん坊将軍』見て、死んだように眠っていた。

ゴールが目前に見えて気抜けしたのか、それともストレスで飽和状態だったのか?

とりあえず一週間はそんなんで不登校に。学校の先生が心配して電話をよこしてくれて、わたしが勉強出来ないって話をしたらこういってくれました。

あとは自分の努力を信じる以外にできることはない。あなたの頑張りはみんなわかってるから。できないなら勉強しなくていい。

それまでわたしに優しい言葉をかけたことなんかなかった担任の先生が放った言葉に気持ちが緩んで、丸一晩大泣きした後、わたしは学校に再び登校し勉強を再開しました。

そして迎えたセンター試験当日。

完全に緊張でパニックになり得意の英語でヘマをしましたが、それでも国社は実力を出し切ることができ万々歳。

国立大学進学&西の名門大学立命館にも合格

おかげさまで第一志望の国立大学に合格。しかもトップの成績だったと後から聞かされ(お陰で余計な役目を大学で多々やらされた。)、めでたく翌春からは夢見ていた花の大学生になりました!

あと、併願で出していた西の名門”立命館大学”のセンター受験(センター試験の成績だけで受験する)も合格させていただきました

大学自体は立命館大学のがレベルは高かったのですが、私立ということでお金がかかるから…母子家庭だったしね…。というわけで国立大学に進学することにしました。

以上がわたしの『学年ほぼビリのギャルが一年半で偏差値を30上げて、国立大学と立命館大学に現役合格した話』です。

勉強はなぜするのか?した先に何があるのか?

さてさて、冒頭で読んでくださっている方にお聞きした『なんのために勉強はするのか?』っていう質問。

答えはね『努力をすることで得られる勲章を得るため』だとわたしは思っています。

わたしのこの経験を自分の子供に話すと『へー?自慢?頭が良かったって話でしょ?』って必ず言われるんです。

違うから!!!

まあ、中学生の我が子にわかってもらうことは難しいけれど、何でもいいから努力したら自分の自信になるんだよって話なんだよなぁ。

高校一年生のわたしは透明人間だったけれど、最後の最後は追い詰められて不登校になるくらい頑張っていた。

努力の果てにそこそこの大学に入ったのは結果でしかなく、大事なのは『全力で頑張って自分の力で何かを得る』ということ。

脇目も振らずに全力投球した経験は間違いなくわたしの財産になっています。

そして、大人になってからもしんどいことは沢山あるんですけど、『もうダメかも』って自分の忍耐力を疑いたくなる時に必ず思い出してきました。受験生の自分を。

そして自分をもう一度信じる。『受験期あんだけ頑張れたんだから、きっと自分には乗り越えられる』って。

そういうお守りみたいな?プライドみたいな?ものが、あの時代の努力の一番の産物だと思います。

それは別に勉強じゃなくたっていいわけ。野球、サッカー、ダンスなんでもいい。

ただね、今自分が何をしていいかわからない中高生は、目の前にある勉強にとりあえず手を付けてみたらいいんじゃないかな?と思うだよ。

勉強はして悪いことはないでしょうし。出来たら出来たで嬉しくないかい?

成績が下がって落ち込む人はいるけれど、成績が上がって絶望する人はあんまりいないだろうしね。

自分が何者で、何をしたくて、何のために日々頑張るのかを見つけられる大人だってそうそういないんです。

小さい時からの夢を叶えている人も沢山いるけれど、中高生の頃描いていた夢とは全然違う生き甲斐が見つかる人の方がその何倍も多い

今、わずか10数年生きてきただけで、自分の人生の方角を全部決めるのは本当に難しいから。

だから、わからないなら今自分ができる最大の事をするしかない。それだけってわけです。

まとめ

こんな長い話を読んでくれて本当にありがとうございます。その集中力があれば君も100点間違いなしだ!

多分わたしの経験なんてまだまだで、世の中には本当にすごい人はいっぱいいると思います。

でもね、誰かと比べて上がった偏差値が大したものじゃなかったとしても、私にはあんまり関係ない。

大事なことは『自分でも何かをやり遂げられる自信』を持てたってことだから。

数年前にわたしは難病といわれるお医者さんには治せない病気になってしまいました。

でも、自分なら絶対元気になれると信じて、壮絶な努力をしてかなり元気になりました。

これだって受験期に得た自信が無ければ成せなかったと思います。

人生は繋がっているから。今の頑張りが必ず何十年後の自分の一つになるんです。

だから、誰のためでもない自分の為に。今できること何でもいいから、一つだけ胸張って『わたしは頑張ってます』って言えるように努力してみて欲しいです。

皆さんの数年後が、楽しくて明るくて幸せで充実したかけがえのない毎日になりますように。おばさんJADEも陰ながら応援してます(^^)

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